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懐かしの情景<3>

2010年06月05日 07:05

 何とか、続いているこのシリーズ。
今回は、地元の隣町にある吹田機関区とその周辺。

まずはこの1枚から。
32_0034.jpg

これは、後で紹介するこの日訪れた吹田機関区からの帰りに撮影したもの。
日付は1981年9月15日で、場所は最近も何度か訪れている岸辺~千里丘間の阪急正雀工場付近。
写真では確認できないが、左にある建物が工場だと思われる。
右側には、吹田操車場に留置された貨物群。

ついでに、この日の正雀工場も。
32_0030.jpg
 HP内の阪急写真館でも紹介した1枚。

 この車両は、
 確か今も留置されてるんじゃなかったかな?

そして、吹田機関区に隣接している吹田工場。
その玄関口に流電が展示されている。
32_0015_20100605055844.jpg IMG_2013_20100605060006.jpg
写真のサイズで分かってもらえると思うが、左側が1981年の撮影で右側が昨年の撮影分だ。
昔は施設内に入れてもらえたのだが、
今はとてもそんな状況ではないので右のは門の隙間からズームで撮った。
ご覧の通り展示スペースが少し変わっているようだ。

もちろん機関区へも入ることができた。(許可を得てね。)
でまぁ、当時はこんなのが撮れたわけだ。
32_0018_20100605060650.jpg
 他には、青い電機がたくさんいた。

 ご興味のある方はこちらをどうぞ・・・
 「吹田機関区スライドショー
 この日の撮影分がすべてご覧になれまする。

そして最近の変化としては・・・
IMG_2427.jpg IMG_6091.jpg
(写真左・2009年5月20日撮影/写真右・2010年4月14日撮影)
DE10の背後に写っている建物や木がなくなってしまっている。
吹田操車場の跡地開発が進んでいるのが分かる。

さらにその後・・・
IMG_6325.jpg
 何やら別の建物が建設中だった。

 今後、この辺りの景色は一変するんだろうねぇ。

 0系新幹線も展示されてるし、
 以前聞いた話ではJR西から元「雷鳥」の
 485系も寄付されたとか?

 どんな施設ができるのか今から楽しみだ。
(2010年5月8日撮影)

お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
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懐かしの情景<2>

2010年06月01日 18:22

 今日もわずかな合間を利用して更新。

第2弾は、グロいお話とは無縁にした^^;
今回は、超地元ではなく街中へ繰り出してみる。

今日は大阪駅。
02_0007.jpg

前回の「しなの」号に続き、今回も小学生時の撮影で真っ暗けで申し訳ない。
ストロボなしで撮影した寝台特急「なは」号。
場所は大阪駅の旧9番線だ。

この写真で目に留まったのは、背後のビルが建設中であることだ。
このビル何かわかりますよね?

そう、阪急グランドビルです。
Wikiによると、1977年8月8日開業らしい。

昔は良く、意味もなく最上階へ上がって景色を眺めてたもんだ。
当時は、大阪で一番高いビルだったんじゃないかしら??

それこそ模型のように見える、大阪駅を発着する列車を眺めていたような・・・


そしてもうひとつ、そのグランドビルを隠すように存在している小屋のようなもの。
嘗て荷物列車なるものが存在した時代に主要駅で必ず見かけたこの小屋の正体は荷物用のエレベーターだ。

16_0013.jpg
 右側に見えるのが、赤いカートに積まれた郵便物。
 その後ろにエレベーターが見える。

 反対ホームにも荷物のカートが写っているし、
 その向こうには荷物列車がいる。

 昔の駅は、旅客用のホームの端を少し幅を狭くして
 ご覧のように荷物列車用のホームとして利用していた。

一応荷物列車も載せておこう。
22_0004.jpg
 このころ、荷物列車と言えばゴハチ。

 嘗てはブルトレの牽引も務めたが、
 すでに廃車が進んでおり、撮影(記録)に必死だった。

またまた駅周辺の話に戻すが、この写真ではクレーンが写っている。
24_0004.jpg
 この撮影は、1981年5月31日。
 急行「ちくま 4号」だ。

次にこの写真。
35_0006.jpg
 クレーンの位置が高くなってきた。

 撮影は、1981年11月1日。

さて、誰もがお分かりかと思うが、この建設物の正体は・・・
47_0028_convert_20100601173240.jpg
 1982年9月15日の撮影分の急行「ちくま」。

 その背後にあるのは、そうアクティ(大丸)です。

 当時は、背後の建物なんか気にも留めなかった。

 しかし、後にこんなことにもなるので
 駅撮りも捨てたもんじゃないかもしれない。

最近は、どこで撮影しても周りの情景を入れて撮りたい傾向にある。
列車どアップだと、後々その時代を感じ取る要素がなくなってしまうと思うので尚更だ。

結果論だが、「ちくま」とともにアクティの進捗が撮れていたわけやしね^^;

こういう鉄写真の楽しみ方もアリなんじゃなかろうか??^^

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懐かしの情景

2010年05月30日 17:38

 今日は少し時間が空いたので、記事を書いてみる。

新たなシリーズとなるかは微妙だが、昔の写真を引っ張り出して昔の駅やら沿線の光景を懐かしんでみようと思う。
超地元ネタなので、わかる人にしかわからない・・・^^;

今日は、幼少期から最寄り駅だった「千里丘駅」。
02_0014_convert_20100530165605.jpg

1番線を通過するL特急「しなの」号だ。
トレインマークもなく、今は見ることのできない貫通型。
対向には103系と思われるスカイブルーの各駅停車が入線してくる。

この写真の向きから反対側(大阪方面)を振り返ると、今は無き吹田操車場に留置されていた”ワム”やら”ワラ”やら”トラ”やらがわんさか止まっていた。

今回は、車両も懐かしいのだがホームの柵に注目。

私の知る限り、ほぼ日本全国国鉄の駅では、こんな柵だったのではないかと。

子供のころ、垂れ下がったチェーンに座ってブランコのように遊んでいたのを思い出す。

そのすぐ後ろを、猛スピードで列車が通過するのに恐怖なんぞ微塵も感じていなかった。
子供って恐ろしいね。。。

国鉄時代は、こんな危険な設備がたくさんあったねぇ。
遮断機のない踏切もあったし。

現在は、ご存知の通りスチール製の柵になっており、写真のようなチェーンはない。
この頃よりは安全になっているとは思うが、昨年この千里丘駅で死亡事故が起こっている。

詳しくは覚えていないが、柵から体を出したか何かで列車と接触してしまい命を落とされた。
無くなったのがお年寄りか子供さんかも忘れてしまったが、滋賀県方面に撮り鉄に行っていた日にその事故が起こった。

帰りはもう暗くなっていて、事故発生から時間も経過してダイヤの乱れもほぼなくなっていたころだったのだが、いざ千里丘駅で降りてみると、私が乗っていた電車が停車したその場所が事故現場だった。

現場はロープで囲ってあり、駅員さんがホームを掃除されている真っ最中だった。
何とタイミングの悪いことか・・・

柵が折れ曲がっていて事故の生々しさを感じるには十分な状況だった。

話はそれるが実は私、良く事故を目撃してしまう。

始まりは、小学生のころに阪急宝塚線の庄内か曽根で、急行通過待ちをしている各駅停車に乗っていた時のこと。
私の目の前で男性が通過列車に飛び込んだ。
幸い無残な残骸などを目にすることはなかったので、夢に出てきたりトラウマになっていたりはしていない。

高校通学時は、よく飛び込み自殺の後に遭遇した。
駅員さんがご遺体にシーツをかけているシーンは何度か目にしている。

最近はもっぱら自動車事故。
先月は、大雨で強風だった深夜、交差点で車が横転しているのに出くわした。
けが人(大けが)はいなかったようだった。

書けばキリがなくなるのでこの辺でやめておくが、身の回りは事故でいっぱいのような気がする。
自分自身はと言えば、運がいいのか何かわからないが全く当事者になった経験はない。

懐かしい話だけをするつもりがグロい話になってしまい申し訳ないです^^;
(このシリーズ続かないな・・・)

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生まれ変わるブルトレたち

2010年05月12日 19:56

 ワタクシ、九州に移住しようかと思う今日この頃・・・

なぜかって? それは、ブルトレのリバイバル運転の多さにヨダレが止まらんのです(笑

こんな、非現実的な妄想は置いといて、今巷でちょっとした騒ぎになっている新幹線の愛称。

関西人の私には、あんまり関係のない話ではあるが、今回の決定には違和感はたっぷりである。

まさかと思うが、今回の決定に”西の「さくら」に対して”・・・ということがあったんとちゃうやろうな?
変な対抗意識がJR各社にあるようにもお見受けするし、そんなくだらん理由で決まったのなら尚更納得できなかったりする。
しかも、東北に「はやぶさ」??

正直なところ、なんでやねん!・・・という感じ。
29_0019.jpg


山陽九州直通新幹線が「さくら」に決まった時も違和感がたっぷりだった。
29_0035.jpg
S1編成(量産車も)は、いっそのこと淡いピンク色にしたらエエのにと私は思う。

(※写真はいずれも国鉄業務合理化時代で、九州内でヘッドマークの掲出が省略されていた時代のもの。)

まぁ、新たな何かを生み出す時、皆が皆納得するものをというのは無理な話。

個人個人が、”あれは嫌””これが良い”などと意見を言うのは自由やし、それについては何にも思わない。
言ったところで決定事項が覆されることもないわけで・・・

ただ、決まったことは受け入れなければなるまい。
今回の決定は、風前の灯となったブルトレを惜しんで選択されたのだと思いたい。

昼行特急の愛称ならともかく、どちらもブルトレとして長い歴史のある愛称だっただけに、新幹線の愛称としてシックリくるのに一体どれだけの月日が必要なのかは分からないが・・・

この発表を受け、自分のこんな記事を思い出した。

今日は、新幹線特集?」  新幹線に愛称を受け継がれた列車の特集だ。

やはり、夜行列車の愛称は、新幹線にはなぁ~と思ってしまう。

新幹線によって消えていく列車は数知れずだが、今や、誕生する列車は皆無に等しい。
個人的には、在来線で活躍している特急列車たちの行く末が気になるところ。
私は遠くて遠征に行くことは諦めているが、何度もBLOGで書いているが、何かしらの発表がある前に撮影は済ませておくべきだと思う。

ほんまに、そろそろ”撮り鉄によるすったもんだ”は、なくして欲しいもんだ。

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失われていく撮影名所

2010年05月10日 14:17

 先日、岸辺駅付近で「まほろば」を狙っていて気がついたのだが、いつもなら必ずカメラを構えている岸辺駅の東側(京都側)には誰もいなかった。

やはり、目の前に立った架線柱が致命的なんだろうね。
柱が立つ前はこんな感じだった。
IMG_3661.jpg
望遠いらずでコンデジでも簡単に狙えるお手軽名所だった。

駅から撮影を全然してないので資料がなくて申し訳ないのだが、こんな写真でご勘弁。
柱が立つ前と後を。
IMG_2053.jpg IMG_5354.jpg
「北近畿」の右側には何も立っていないが、「日本海」の右側に新調された架線柱がホームの目の前に立っている。

下りホームからも、柱だらけでもはや撮影できる環境にないのかな?

そして鉄友さんからの情報だと、湖西線のマキノ~永原間にも障害物が登場したとか。
これはフェンスのできる前。
IMG_4778.jpg
付近一帯の線路に沿って鉄柵が延々と立ち並んでいるらしい。

そして、このポイント近くのマキノ変電所も絶景ポイントなのだが、鉄柵ができたことにより立ち入ることができなくなった。
IMG_5745.jpg
この場所は、あまり知られていないようだったが使えなくなったのは残念だ。
いつ行っても誰もいなかったので・・・

マキノの場合、獣から作物を保護するためのフェンスなので致し方ないところ。
岸辺にしても、吹田操車場跡地の開発に関連したものなんだろう・・・

そして先月訪れた播但線でも、長谷駅からすぐのこの橋梁も撮影不可になっていた。
IMG_3609.jpg
この日は、雨が降ってきて列車が来る前に撤収したのでこの写真しかない。。。
このアングルで撮るには、河川敷に入らないといけないが、今は背の高いフェンスができて立ち入ることができなくなっていた。

最近あんまり出掛けてない自分が、この半年ほどでこれだけ発見したとなると、他にもたくさんあるのではないだろうか?

世の中、より便利により安全になっていくことは良いことだが、美しい景観が損なわれていくことは残念だ。
撮り鉄でなくともそう感じる地域もたくさんあるはず。

理想と現実の狭間ってとこですかねぇ~

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