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2010年06月05日 07:05
何とか、続いているこのシリーズ。
今回は、地元の隣町にある吹田機関区とその周辺。
まずはこの1枚から。

これは、後で紹介するこの日訪れた吹田機関区からの帰りに撮影したもの。
日付は1981年9月15日で、場所は最近も何度か訪れている岸辺〜千里丘間の阪急正雀工場付近。
写真では確認できないが、左にある建物が工場だと思われる。
右側には、吹田操車場に留置された貨物群。
ついでに、この日の正雀工場も。

HP内の阪急写真館でも紹介した1枚。
この車両は、
確か今も留置されてるんじゃなかったかな?
そして、吹田機関区に隣接している吹田工場。
その玄関口に流電が展示されている。

写真のサイズで分かってもらえると思うが、左側が1981年の撮影で右側が昨年の撮影分だ。
昔は施設内に入れてもらえたのだが、
今はとてもそんな状況ではないので右のは門の隙間からズームで撮った。
ご覧の通り展示スペースが少し変わっているようだ。
もちろん機関区へも入ることができた。(許可を得てね。)
でまぁ、当時はこんなのが撮れたわけだ。

他には、青い電機がたくさんいた。
ご興味のある方はこちらをどうぞ・・・
「吹田機関区スライドショー」
この日の撮影分がすべてご覧になれまする。
そして最近の変化としては・・・

(写真左・2009年5月20日撮影/写真右・2010年4月14日撮影)
DE10の背後に写っている建物や木がなくなってしまっている。
吹田操車場の跡地開発が進んでいるのが分かる。
さらにその後・・・

何やら別の建物が建設中だった。
今後、この辺りの景色は一変するんだろうねぇ。
0系新幹線も展示されてるし、
以前聞いた話ではJR西から元「雷鳥」の
485系も寄付されたとか?
どんな施設ができるのか今から楽しみだ。
(2010年5月8日撮影)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。

↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
今回は、地元の隣町にある吹田機関区とその周辺。
まずはこの1枚から。

これは、後で紹介するこの日訪れた吹田機関区からの帰りに撮影したもの。
日付は1981年9月15日で、場所は最近も何度か訪れている岸辺〜千里丘間の阪急正雀工場付近。
写真では確認できないが、左にある建物が工場だと思われる。
右側には、吹田操車場に留置された貨物群。
ついでに、この日の正雀工場も。

HP内の阪急写真館でも紹介した1枚。
この車両は、
確か今も留置されてるんじゃなかったかな?
そして、吹田機関区に隣接している吹田工場。
その玄関口に流電が展示されている。

写真のサイズで分かってもらえると思うが、左側が1981年の撮影で右側が昨年の撮影分だ。
昔は施設内に入れてもらえたのだが、
今はとてもそんな状況ではないので右のは門の隙間からズームで撮った。
ご覧の通り展示スペースが少し変わっているようだ。
もちろん機関区へも入ることができた。(許可を得てね。)
でまぁ、当時はこんなのが撮れたわけだ。

他には、青い電機がたくさんいた。
ご興味のある方はこちらをどうぞ・・・
「吹田機関区スライドショー」
この日の撮影分がすべてご覧になれまする。
そして最近の変化としては・・・

(写真左・2009年5月20日撮影/写真右・2010年4月14日撮影)
DE10の背後に写っている建物や木がなくなってしまっている。
吹田操車場の跡地開発が進んでいるのが分かる。
さらにその後・・・

何やら別の建物が建設中だった。
今後、この辺りの景色は一変するんだろうねぇ。
0系新幹線も展示されてるし、
以前聞いた話ではJR西から元「雷鳥」の
485系も寄付されたとか?
どんな施設ができるのか今から楽しみだ。
(2010年5月8日撮影)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
2010年06月02日 12:08
関西鉄には、最もなじみ多い在来線の特急「雷鳥」号。
JR西のプレスリリースはまだのようだが、ついに新聞による報道があった。
こちらは、読売のWeb版 ”特急「雷鳥」来春さよなら…すべて「サンダーバード」に”
東海道新幹線の開業によるダイヤ改正で設定された「雷鳥」がついに廃止に・・・
子供のころは、もう見たくないほどよくお目にかかった特急だった。
これは、小学5年生で撮り鉄デビューした時の1枚。

撮影場所は千里丘〜茨木間の蔵垣内踏切。(汚い写真で申し訳ない・・・)
撮影日は記録がないので不明だが、1976年ごろの撮影だ。
幸い、私はJR化後の醜い(笑)姿を知らないので、良い思い出だけが残ることだろう。
私より一つ年上の「雷鳥」号。
とうとう乗ることは叶わぬようだが、いつものように私はそっと見送ることにする。
ページ下にスライドショー「雷鳥特集」公開中・・・
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。

↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
JR西のプレスリリースはまだのようだが、ついに新聞による報道があった。
こちらは、読売のWeb版 ”特急「雷鳥」来春さよなら…すべて「サンダーバード」に”
東海道新幹線の開業によるダイヤ改正で設定された「雷鳥」がついに廃止に・・・
子供のころは、もう見たくないほどよくお目にかかった特急だった。
これは、小学5年生で撮り鉄デビューした時の1枚。

撮影場所は千里丘〜茨木間の蔵垣内踏切。(汚い写真で申し訳ない・・・)
撮影日は記録がないので不明だが、1976年ごろの撮影だ。
幸い、私はJR化後の醜い(笑)姿を知らないので、良い思い出だけが残ることだろう。
私より一つ年上の「雷鳥」号。
とうとう乗ることは叶わぬようだが、いつものように私はそっと見送ることにする。
ページ下にスライドショー「雷鳥特集」公開中・・・
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
2010年06月01日 18:22
今日もわずかな合間を利用して更新。
第2弾は、グロいお話とは無縁にした^^;
今回は、超地元ではなく街中へ繰り出してみる。
今日は大阪駅。

前回の「しなの」号に続き、今回も小学生時の撮影で真っ暗けで申し訳ない。
ストロボなしで撮影した寝台特急「なは」号。
場所は大阪駅の旧9番線だ。
この写真で目に留まったのは、背後のビルが建設中であることだ。
このビル何かわかりますよね?
そう、阪急グランドビルです。
Wikiによると、1977年8月8日開業らしい。
昔は良く、意味もなく最上階へ上がって景色を眺めてたもんだ。
当時は、大阪で一番高いビルだったんじゃないかしら??
それこそ模型のように見える、大阪駅を発着する列車を眺めていたような・・・
そしてもうひとつ、そのグランドビルを隠すように存在している小屋のようなもの。
嘗て荷物列車なるものが存在した時代に主要駅で必ず見かけたこの小屋の正体は荷物用のエレベーターだ。

右側に見えるのが、赤いカートに積まれた郵便物。
その後ろにエレベーターが見える。
反対ホームにも荷物のカートが写っているし、
その向こうには荷物列車がいる。
昔の駅は、旅客用のホームの端を少し幅を狭くして
ご覧のように荷物列車用のホームとして利用していた。
一応荷物列車も載せておこう。

このころ、荷物列車と言えばゴハチ。
嘗てはブルトレの牽引も務めたが、
すでに廃車が進んでおり、撮影(記録)に必死だった。
またまた駅周辺の話に戻すが、この写真ではクレーンが写っている。

この撮影は、1981年5月31日。
急行「ちくま 4号」だ。
次にこの写真。

クレーンの位置が高くなってきた。
撮影は、1981年11月1日。
さて、誰もがお分かりかと思うが、この建設物の正体は・・・

1982年9月15日の撮影分の急行「ちくま」。
その背後にあるのは、そうアクティ(大丸)です。
当時は、背後の建物なんか気にも留めなかった。
しかし、後にこんなことにもなるので
駅撮りも捨てたもんじゃないかもしれない。
最近は、どこで撮影しても周りの情景を入れて撮りたい傾向にある。
列車どアップだと、後々その時代を感じ取る要素がなくなってしまうと思うので尚更だ。
結果論だが、「ちくま」とともにアクティの進捗が撮れていたわけやしね^^;
こういう鉄写真の楽しみ方もアリなんじゃなかろうか??^^
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。

↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
第2弾は、グロいお話とは無縁にした^^;
今回は、超地元ではなく街中へ繰り出してみる。
今日は大阪駅。

前回の「しなの」号に続き、今回も小学生時の撮影で真っ暗けで申し訳ない。
ストロボなしで撮影した寝台特急「なは」号。
場所は大阪駅の旧9番線だ。
この写真で目に留まったのは、背後のビルが建設中であることだ。
このビル何かわかりますよね?
そう、阪急グランドビルです。
Wikiによると、1977年8月8日開業らしい。
昔は良く、意味もなく最上階へ上がって景色を眺めてたもんだ。
当時は、大阪で一番高いビルだったんじゃないかしら??
それこそ模型のように見える、大阪駅を発着する列車を眺めていたような・・・
そしてもうひとつ、そのグランドビルを隠すように存在している小屋のようなもの。
嘗て荷物列車なるものが存在した時代に主要駅で必ず見かけたこの小屋の正体は荷物用のエレベーターだ。

右側に見えるのが、赤いカートに積まれた郵便物。
その後ろにエレベーターが見える。
反対ホームにも荷物のカートが写っているし、
その向こうには荷物列車がいる。
昔の駅は、旅客用のホームの端を少し幅を狭くして
ご覧のように荷物列車用のホームとして利用していた。
一応荷物列車も載せておこう。

このころ、荷物列車と言えばゴハチ。
嘗てはブルトレの牽引も務めたが、
すでに廃車が進んでおり、撮影(記録)に必死だった。
またまた駅周辺の話に戻すが、この写真ではクレーンが写っている。

この撮影は、1981年5月31日。
急行「ちくま 4号」だ。
次にこの写真。

クレーンの位置が高くなってきた。
撮影は、1981年11月1日。
さて、誰もがお分かりかと思うが、この建設物の正体は・・・

1982年9月15日の撮影分の急行「ちくま」。
その背後にあるのは、そうアクティ(大丸)です。
当時は、背後の建物なんか気にも留めなかった。
しかし、後にこんなことにもなるので
駅撮りも捨てたもんじゃないかもしれない。
最近は、どこで撮影しても周りの情景を入れて撮りたい傾向にある。
列車どアップだと、後々その時代を感じ取る要素がなくなってしまうと思うので尚更だ。
結果論だが、「ちくま」とともにアクティの進捗が撮れていたわけやしね^^;
こういう鉄写真の楽しみ方もアリなんじゃなかろうか??^^
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
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2010年05月30日 17:38
今日は少し時間が空いたので、記事を書いてみる。
新たなシリーズとなるかは微妙だが、昔の写真を引っ張り出して昔の駅やら沿線の光景を懐かしんでみようと思う。
超地元ネタなので、わかる人にしかわからない・・・^^;
今日は、幼少期から最寄り駅だった「千里丘駅」。

1番線を通過するL特急「しなの」号だ。
トレインマークもなく、今は見ることのできない貫通型。
対向には103系と思われるスカイブルーの各駅停車が入線してくる。
この写真の向きから反対側(大阪方面)を振り返ると、今は無き吹田操車場に留置されていた”ワム”やら”ワラ”やら”トラ”やらがわんさか止まっていた。
今回は、車両も懐かしいのだがホームの柵に注目。
私の知る限り、ほぼ日本全国国鉄の駅では、こんな柵だったのではないかと。
子供のころ、垂れ下がったチェーンに座ってブランコのように遊んでいたのを思い出す。
そのすぐ後ろを、猛スピードで列車が通過するのに恐怖なんぞ微塵も感じていなかった。
子供って恐ろしいね。。。
国鉄時代は、こんな危険な設備がたくさんあったねぇ。
遮断機のない踏切もあったし。
現在は、ご存知の通りスチール製の柵になっており、写真のようなチェーンはない。
この頃よりは安全になっているとは思うが、昨年この千里丘駅で死亡事故が起こっている。
詳しくは覚えていないが、柵から体を出したか何かで列車と接触してしまい命を落とされた。
無くなったのがお年寄りか子供さんかも忘れてしまったが、滋賀県方面に撮り鉄に行っていた日にその事故が起こった。
帰りはもう暗くなっていて、事故発生から時間も経過してダイヤの乱れもほぼなくなっていたころだったのだが、いざ千里丘駅で降りてみると、私が乗っていた電車が停車したその場所が事故現場だった。
現場はロープで囲ってあり、駅員さんがホームを掃除されている真っ最中だった。
何とタイミングの悪いことか・・・
柵が折れ曲がっていて事故の生々しさを感じるには十分な状況だった。
話はそれるが実は私、良く事故を目撃してしまう。
始まりは、小学生のころに阪急宝塚線の庄内か曽根で、急行通過待ちをしている各駅停車に乗っていた時のこと。
私の目の前で男性が通過列車に飛び込んだ。
幸い無残な残骸などを目にすることはなかったので、夢に出てきたりトラウマになっていたりはしていない。
高校通学時は、よく飛び込み自殺の後に遭遇した。
駅員さんがご遺体にシーツをかけているシーンは何度か目にしている。
最近はもっぱら自動車事故。
先月は、大雨で強風だった深夜、交差点で車が横転しているのに出くわした。
けが人(大けが)はいなかったようだった。
書けばキリがなくなるのでこの辺でやめておくが、身の回りは事故でいっぱいのような気がする。
自分自身はと言えば、運がいいのか何かわからないが全く当事者になった経験はない。
懐かしい話だけをするつもりがグロい話になってしまい申し訳ないです^^;
(このシリーズ続かないな・・・)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。

↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
新たなシリーズとなるかは微妙だが、昔の写真を引っ張り出して昔の駅やら沿線の光景を懐かしんでみようと思う。
超地元ネタなので、わかる人にしかわからない・・・^^;
今日は、幼少期から最寄り駅だった「千里丘駅」。

1番線を通過するL特急「しなの」号だ。
トレインマークもなく、今は見ることのできない貫通型。
対向には103系と思われるスカイブルーの各駅停車が入線してくる。
この写真の向きから反対側(大阪方面)を振り返ると、今は無き吹田操車場に留置されていた”ワム”やら”ワラ”やら”トラ”やらがわんさか止まっていた。
今回は、車両も懐かしいのだがホームの柵に注目。
私の知る限り、ほぼ日本全国国鉄の駅では、こんな柵だったのではないかと。
子供のころ、垂れ下がったチェーンに座ってブランコのように遊んでいたのを思い出す。
そのすぐ後ろを、猛スピードで列車が通過するのに恐怖なんぞ微塵も感じていなかった。
子供って恐ろしいね。。。
国鉄時代は、こんな危険な設備がたくさんあったねぇ。
遮断機のない踏切もあったし。
現在は、ご存知の通りスチール製の柵になっており、写真のようなチェーンはない。
この頃よりは安全になっているとは思うが、昨年この千里丘駅で死亡事故が起こっている。
詳しくは覚えていないが、柵から体を出したか何かで列車と接触してしまい命を落とされた。
無くなったのがお年寄りか子供さんかも忘れてしまったが、滋賀県方面に撮り鉄に行っていた日にその事故が起こった。
帰りはもう暗くなっていて、事故発生から時間も経過してダイヤの乱れもほぼなくなっていたころだったのだが、いざ千里丘駅で降りてみると、私が乗っていた電車が停車したその場所が事故現場だった。
現場はロープで囲ってあり、駅員さんがホームを掃除されている真っ最中だった。
何とタイミングの悪いことか・・・
柵が折れ曲がっていて事故の生々しさを感じるには十分な状況だった。
話はそれるが実は私、良く事故を目撃してしまう。
始まりは、小学生のころに阪急宝塚線の庄内か曽根で、急行通過待ちをしている各駅停車に乗っていた時のこと。
私の目の前で男性が通過列車に飛び込んだ。
幸い無残な残骸などを目にすることはなかったので、夢に出てきたりトラウマになっていたりはしていない。
高校通学時は、よく飛び込み自殺の後に遭遇した。
駅員さんがご遺体にシーツをかけているシーンは何度か目にしている。
最近はもっぱら自動車事故。
先月は、大雨で強風だった深夜、交差点で車が横転しているのに出くわした。
けが人(大けが)はいなかったようだった。
書けばキリがなくなるのでこの辺でやめておくが、身の回りは事故でいっぱいのような気がする。
自分自身はと言えば、運がいいのか何かわからないが全く当事者になった経験はない。
懐かしい話だけをするつもりがグロい話になってしまい申し訳ないです^^;
(このシリーズ続かないな・・・)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
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2010年05月28日 00:04
久々に、以前私が参加していた某SNSを覗いてみたら、以前にも増して荒れていた様子がうかがえる。
SNS内の人気ブロガーさんまでもが退会をほのめかしていて、ついに来るところまできたように感じた。
過ごし難さが在籍時の数倍にも感じられた。
現実社会でも人が多く集まれば集まるほど何かと問題も増えてくるのに、ましてやNET社会ではその難しさたるや計り知れない。
その難しさから抜け出すためにSNSから身を引いたわけだが、こうして個人(外部)でBLOGをやっていても、何かしらの煩わしさは付きまとう。
いっそのこと、BLOGを非公開にしてしまうとか、HPも含めやめてしまおうかと思ったこともある。
BLOGへのコメントを承認方式にしたのもそういった経緯があったからなわけだ。
アクセス数が増えるのは嬉しいことだが、それにつれて心ない書き込みが増えるのも事実。
まぁ、最近は心ない書き込みも落ち着いてきたし、BLOGもHPも存続の方向で落ち着きそうやけども。
相互リンクをさせていただいている方々にはお知らせできるが、そうでない方々には突然消えていなくなることになる。
お詫びするにも方法がないので、もしもそうなった場合は申し訳なく思います。
ただ、趣味を楽しみたいだけなのになかなかそうもいかないね。
友人限定の公開という手段もあるけど、どうするかはまだ分かりませぬ・・・
さて本題に戻って、タイトルに岡山機関区編・・・としたが、機関区へ行ったわけではない。
今回は、伯備線遠征の番外編として最後の撮影地であった北長瀬駅の陸橋で撮影した貨物特集で。
ここは、機関区の近くということもあってか貨物の往来も多かった。
どうしたことか、電車ばかり撮っているとストレスを感じるようだ。
そんな時、ディーゼルや機関車を撮るとすごく癒される。
ということは、ディーゼル機関車が最強ということになる。
実際そうかもね。
ってことで、現場到着後すぐにやってきた(2本目)貨物がこれ。

なぜか、もの凄く気分が高揚した(笑
この1100号機、見覚えがあった。
それもそのはず、昨年の夏に倉敷駅でお目にかかっている。
銀帽子氏(BLOGリンク)との四国乗り鉄旅行で撮影した「DE10-1100(画像リンク)」
DE10-1047

列車の後ろ姿に哀愁を感じる自分だが、こんなのも大好きなのだ。
そして、岡山からやって来る”サンライナー”を撮っていたら後ろからこいつが寸前まで来ていた。

あわてて撮ったので柱にかぶる寸前でなんとか捕獲。危なかった・・・^^;
プレートこそ違うが(JRマークもいらないな)、嘗て頂点を極めた(ブルトレ牽引が頂点だと思ってるんで)原色の65PFに出会えるのは嬉しいことだ。

北長瀬駅の真ん中の引き込み線では、
こんな光景が何度か・・・
66の後ろが見たい!
前後入れ替わってくれ!!
そんなこと叶うはずもなく
このまま機関区へと戻ってしまった。
あとは、66の基本番台の後ろ姿とか桃太郎とかなんで、
興味ある方は数日後に公開する”大阪第一車両庫 撮影日別写真館”でご覧下され。6月1日には公開します。
これで伯備線遠征記事は終了です。
また、しばらく更新がないと思われます。
冒頭におかしなことを書きましたが、単にネタがないだけなのでどうかお気遣いなく。
この次は、暑い夏が来る前に南紀遠征を実現させたいと思います。
それまでも、近場でちょいちょい撮影することもあるかと思いますので、ネタがあればアップしてみたいと思いまする。いつもながらネタ車を追いかけはしないので難しいと思いますけども・・・^^;
ではでは、次回は南紀特集でお会いしませう。(ほんまかいな??)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。

↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓
SNS内の人気ブロガーさんまでもが退会をほのめかしていて、ついに来るところまできたように感じた。
過ごし難さが在籍時の数倍にも感じられた。
現実社会でも人が多く集まれば集まるほど何かと問題も増えてくるのに、ましてやNET社会ではその難しさたるや計り知れない。
その難しさから抜け出すためにSNSから身を引いたわけだが、こうして個人(外部)でBLOGをやっていても、何かしらの煩わしさは付きまとう。
いっそのこと、BLOGを非公開にしてしまうとか、HPも含めやめてしまおうかと思ったこともある。
BLOGへのコメントを承認方式にしたのもそういった経緯があったからなわけだ。
アクセス数が増えるのは嬉しいことだが、それにつれて心ない書き込みが増えるのも事実。
まぁ、最近は心ない書き込みも落ち着いてきたし、BLOGもHPも存続の方向で落ち着きそうやけども。
相互リンクをさせていただいている方々にはお知らせできるが、そうでない方々には突然消えていなくなることになる。
お詫びするにも方法がないので、もしもそうなった場合は申し訳なく思います。
ただ、趣味を楽しみたいだけなのになかなかそうもいかないね。
友人限定の公開という手段もあるけど、どうするかはまだ分かりませぬ・・・
さて本題に戻って、タイトルに岡山機関区編・・・としたが、機関区へ行ったわけではない。
今回は、伯備線遠征の番外編として最後の撮影地であった北長瀬駅の陸橋で撮影した貨物特集で。
ここは、機関区の近くということもあってか貨物の往来も多かった。
どうしたことか、電車ばかり撮っているとストレスを感じるようだ。
そんな時、ディーゼルや機関車を撮るとすごく癒される。
ということは、ディーゼル機関車が最強ということになる。
実際そうかもね。
ってことで、現場到着後すぐにやってきた(2本目)貨物がこれ。

なぜか、もの凄く気分が高揚した(笑
この1100号機、見覚えがあった。
それもそのはず、昨年の夏に倉敷駅でお目にかかっている。
銀帽子氏(BLOGリンク)との四国乗り鉄旅行で撮影した「DE10-1100(画像リンク)」
DE10-1047

列車の後ろ姿に哀愁を感じる自分だが、こんなのも大好きなのだ。
そして、岡山からやって来る”サンライナー”を撮っていたら後ろからこいつが寸前まで来ていた。

あわてて撮ったので柱にかぶる寸前でなんとか捕獲。危なかった・・・^^;
プレートこそ違うが(JRマークもいらないな)、嘗て頂点を極めた(ブルトレ牽引が頂点だと思ってるんで)原色の65PFに出会えるのは嬉しいことだ。

北長瀬駅の真ん中の引き込み線では、
こんな光景が何度か・・・
66の後ろが見たい!
前後入れ替わってくれ!!
そんなこと叶うはずもなく
このまま機関区へと戻ってしまった。
あとは、66の基本番台の後ろ姿とか桃太郎とかなんで、
興味ある方は数日後に公開する”大阪第一車両庫 撮影日別写真館”でご覧下され。6月1日には公開します。
これで伯備線遠征記事は終了です。
また、しばらく更新がないと思われます。
冒頭におかしなことを書きましたが、単にネタがないだけなのでどうかお気遣いなく。
この次は、暑い夏が来る前に南紀遠征を実現させたいと思います。
それまでも、近場でちょいちょい撮影することもあるかと思いますので、ネタがあればアップしてみたいと思いまする。いつもながらネタ車を追いかけはしないので難しいと思いますけども・・・^^;
ではでは、次回は南紀特集でお会いしませう。(ほんまかいな??)
お時間よろしければ、本家へもお立ち寄りくださいませ。
↓↓↓↓↓↓この後は、今日の1曲!↓↓↓↓↓↓














